★仕切り板☆星空を越えて★

第84話(だったっけか?)


[初めて読む人に]

 式森伊ノ助は大泉緑地大学の体育講師だ。相撲部の顧問としても学生たちを指導しているがその方針は大変厳しい。正義感と情熱、行動力に富み、起こると常軌を逸するというユニークな面を持つこの新米講師・伊ノ助は、大人の正邪を見分ける感覚のすりきれた大学生達から次第に理解され、慕われるようになる。
 そんな時、ひょんな事から伊ノ助は、東西対抗大学相撲大会の関西合同チームのコーチに任命された。大会まで3週間にせまった頃、以前から仲の悪かった「大関翔」と「幕の内了」が大喧嘩をした。止めに入った伊ノ助は、喧嘩に巻き込まれ、ケガをして、「明日からの練習はナシだ!」と言ってタンカで運ばれていった。
 次の日、練習の時間に伊ノ助は来なかった。そこで、翔と了とマネージャーの徳俵花子が、様子を見に行くことになったのだが、、、、、


伊ノ助の怒り

「失礼します。式森先生いらっしゃいますか?」
 大関翔、幕の内了、徳俵花子の3人は体育教官室の扉を開けた。中に入ると正面奥の机に、頭に包帯をぐるぐる巻きにした伊ノ助が、向こうを向いて何か書き物をしているのが見えた。そこで花子が再び、
「失礼します、先生」
と言うと、いきなり伊ノ助が
「失礼な奴だ。」
と言って振り向いたので、花子は恐縮してしまった。
「何の用だ」
伊ノ助の声の冷たさに長い沈黙が訪れた。翔は責任を感じて青ざめていた。伊ノ助の顔面の傷は、ほとんど翔のスモウ=チョップによるものだったし、服を着ているのでよくわからなかったが体の方も了のスモウ=タックルをうけて、相当のケガをしているはずだった。
「どおすこおい、先生。練習の時間ですた、、、、」
ようやく口を開いた了は、異様に動揺している自分に気づき、あわてて口を閉じた。
「練習?練習ならおまえらだけで好きにやればいいだろう。」
伊ノ助はあくまで冷たかった。
「昨日も言ったとおりだ。俺はもうおまえらの面倒はみん。」
翔は食い下がった。
「あれから了とも話し合ったんです。僕達はケンカをしたことを本当に反省しています。お願いします先生、練習を始めてください。」
 花子と了も言った。
「お願いします先生。」
「だめだ!俺はこうなる前に何度も何度も『ケンカをするな』と注意したはずだ。しかし結局、お前達は俺の言葉を無視したんだ。ここでお願いされたくらいで俺の気が済むと思っているのかっ!!」
 伊ノ助の頭にだんだん血がのぼっていっているようだったが無理からぬ事であった。悪いのは僕達なんだから何を言われてもしょうがない。と翔は思った。
「だいたい、お前らは自分の好きにやっていれば満足だろうが、もし、それで何かあったら、この俺がすべての責任を問われることになるんだ!ああ、全く腹の立つ!!」
伊ノ助の言葉を黙って、握り拳を固めて聞いていた了は、小声で
「くそぉ、、、先生の言うことも、もっともだなァ、、、」
と感心していた。しかし、その一言を伊ノ助は聞き逃さなかった。
「何ィ!なんか言ったか幕の内!!」
そのあまりの剣幕に、了は黙ってしまった。伊ノ助は容赦なく言った。
「まったく、、、男のくせにうじうじとして!そのくせ体ばっかりぶくぶく太りやがって。デブは早死にするんだぞ、バカ野郎!!!」
「ほ、、、ほんとうですか、、、それ」
 翔が心配そうに聞いた。
「その証拠に、俺がよく行く銭湯で見かけるじいさんは、大半がヤセ型だ。」
 伊ノ助は得意げにフフンと鼻を鳴らした。
「婆さんは知らんがな」
 話が思わぬ方向にとんでいると思った花子はつい出かかった『婆さんもそうですよ』という言葉を飲み込んで話を元に戻す言葉を探した。
「先生、練習を見てもらえないのなら、稽古場の使用許可と鍵だけでも頂けないでしょうか」
「なにをッ!!まだ言うかッ!」
 花子の言葉は伊ノ助の怒りに再び火をつけた!
「おまえら、相撲なんかやめちまえッ!だいたい相撲なんかやるから太るんだッ!!」
「太っちょだから相撲部にはいるしかなかったんです」
 そう言おうとして、翔はやめた。伊ノ助の怒りにはとりつくしまもないと思ったからだ。そして、伊ノ助の言葉はだんだんその論理性を失いつつあった。
「だいたい人前でよくそんなに太れるモノだ。俺にもし子どもが出来たら絶対にそんな風には、、、、、」
 伊ノ助の言葉には、もはや論理は無く、感情にまかせた暴言と化していたが、今回のことで悪いのは一方的に僕達なんだから、何を言われてもしょうがないんだ、と翔は自分に言い聞かせていた。
 伊ノ助がブツブツ何か言ってる間、3人はしばらく黙っていたが、やがて、我慢できず了が口を開いた。
「相撲をやめたら、僕達はどうしたらいいのでしょうか?」
「ダイエットでもして、社会復帰に努めたらどうかね」
「、、、、、、、、、」
 花子は、しかし、まだあきらめてはいなかった。必死で伊ノ助に食い下がった。
「先生は私たちのコーチです。いつまでも一緒にやっていこうって言ってたじゃありませんか。お願いしますコーチ!」
 花子の目は潤んでいた。いや、すでに涙は頬を流れていたかもしれなかった。伊ノ助は彼女の目に涙があふれそうになった刹那、その視線を彼女の顔の上から別のどこかへとばしていた。そうしないと、今の強固な心を崩されてしまうかもしれなかったからである。 
 伊ノ助はまた、涙もろい男でもあった。
 しかし!今の伊ノ助はそれ以上に怒りの男であった。
「今の俺は、コーチである前に、1個の人間だッ!!」
 伊ノ助はコレが最後の一言だと思った。コレを言われては身もフタもあるまいと思ったからである。
 しかし翔はそれに答えた。
「はァ、、、そりゃ僕達だって人間ですよ、、、」
 伊ノ助はよもやこんな切り返しが来ようとは思っていなかったらしい。包帯の中の伊ノ助の顔が、怒りにゆがんだ!
「うそをつけッ!お前らはみにくいブタだッ!!!」
 あまりと言えばあまりの暴言だった!花子にはこの言葉だけは許せなかった。花子は相手が先生であることも忘れて抗議した。
 ..
「私は違います!!先生!」

 フフンと鼻を鳴らして、得意げにこちらに流し目をおくる花子を見た時、翔と了はただただボーゼンとするのみであった。

 結局、伊ノ助の怒りは強く、3人はあきらめて帰るしかなかった。
「失礼しました」
 と言って出ていく翔達を見送る伊ノ助は、何は言い忘れたような気がして思わず翔を呼び止めた。
「待て、大関。」
 その言葉で『先生が心変わりしたのかも!』と思い、喜んで振り返る翔。その瞬間、伊ノ助は言った−−−−−−−!

「この、百貫でぶ。」

 すごすご退出する翔を見て、伊ノ助はようやく胸のつかえが取れたような気がしたのだった。

ちかいの土俵

「ああ、これから私達どうすればいいのかしら」
 花子と了はこれからのことで頭を抱えていた。一方、翔は外へ出てからずっとふさぎっぱなしであった。了がぼそっと言った。
「オレ、、、ダイエットしようかなぁ」
「ばかっ!何てこと言うのよ!!」
 花子は気弱になってる了を叱咤した。
「先生は大会に向けて、私達の気合いを入れ直そうとあそこまでおっしゃって下さったのよ!貴方にはそれがわからないの!?」
「、、、、、ごめん、、、オレ、、、」
 了はまだ何か言おうとしたが、そこから先は言葉にならなかった。
 夕日が3人の頬を照らしていた。飛行機雲が南の空へのびていった。それを目で追う翔の頬に光るモノがあった。
「翔、元気出せよ。練習なんてどこでもできるさ。そうさ、やろうと思えば小学校の運動場でだって出来るはずさ!」
「仕切り板がないよ」
「木を切って作ればいい!」
 仕切り板を作る!それは今までの翔には考えられないことだった。そしてそれは一筋の光明を与えてくれた。
「あっ!一番星」
「ほんとうだ。きれいだなあ」
 翔も星を見上げたが、その目にはもう涙はなかった。そして3人は、いつかきっと伊ノ助の怒りを鎮めて見せるぞと星に誓うのだった。
                      (つづく)

★伊ノ助の言葉によって、相撲部員★
★達の魂は救われた。そして彼らは★
★戦い抜くだろう!勝つために、、★

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